「Another Mama’s Song」 そのA


 俺は美希は家にやってきた。と言っても、ついさっきまでいた自宅なのだが。
 家には父さんがいて、美希がやってくると笑顔で出迎えてくれた。
「私がおばさんの調査しますから!」
「そうか‥‥。頼むよ」
「まっかせてください!」
 美希はそう言うと、すぐさま母さんの部屋に入っていった。
 俺の家は父さん、母さん、そして俺と全て個室がある。3人暮らしなのに一軒家だからだ。それぞれの部屋に鍵がかかっているわけではないので、入る事自体は簡単だ。もっとも、モラルの問題からそうあっさりとは入らないが。
 が、美希はそんな事は関係無しにズケズケと中に入った。
「ふむふむ‥‥」
 タンスの中などを引っ掻き回す美希。俺は久しぶりに母さんの部屋に入った。
「‥‥」
 随分と物の多い部屋だった。和室で、タンスと押し入れ以外にも本棚やCDラックなどが所狭しと並んでいる。ポスターなどは流石に貼られていなかったが、統一感はまるで無かった。
「何だか‥‥随分ゴチャゴチャした部屋だな」
「そうね‥‥。これは証拠を見つけるのに時間がかかるわね」
 美希は俺を見ずにタンスの中を物色していた。ちょっと後ろから覗き見する。すると、美希がムッとした顔で振り向いた。
「女の人のタンスの中は覗かない! あなたにとっては何でもないかもしれないけど、他の男にとっては桃源郷なのよ!」
「‥‥さいですか。分かりましたよ」
 俺は膨れてタンスから離れた。そんな俺の隣で父さんがぼんやりと部屋を眺めていた。
「どした? 父さん」
「あっ、いや、前より物の数が増えたような気がするなぁ、と思ってな」
「そうなのか? 何が増えた?」
「音楽CDとかが結構増えてる」
「ふーん」
 俺はCDラックの前に立つ。CDは俺の予想していた物と随分違っていた。てっきりフォークとかがあるのかと思っていたが、洋楽などか並んでいる。しかもロックだ。中には俺の持っている物まであった。
「へえ。いい趣味してんじゃん、レインボー持ってるなんて知らなかったよ」
「昔から好きだったからな。当時はまだレコードだったが、CDになってから買い集めてるみたいだった」
「へえ」
 意外な一面を知った。母さんが音楽好きだっとは初耳だ。しかも、俺の趣味と似通っている。やはり息子だからだろうか?
「おっ、おーじさん。変な物見つけちゃったよ」
 そう言って、美希は父さんに何枚かの写真を見せた。その写真を見た途端、父さんの顔がにやけた。
「ははっ‥‥。こんな物持ってたのか、あいつは」
「‥‥何、それ?」
 俺は写真を覗き見ようとする。が、父さんはすぐに隠してしまう。ちょっとだけ見えたが、何やら父さんと母さんの映っているようだった。しかも、結構肌が見える。
 美希がニヤニヤと笑っている。
「まあ、剛の両親も男と女だったって事よ。それも、結構最近ね」
「‥‥」
「結構マニアックな趣味よね」
 美希はスラスラと言ってのける。父さんはさっきからずっとにやけている。まだよく分からない。だが、もう聞く気は無かった。仲がいいのはいい事だ。そういう事にしよう。そうしないと凄く嫌な物を見てしまうような気がする。
 気を取り直し、俺は美希を見る。美希は既に違う何かを見つけていた。
「剛‥‥。これはマジで結構ヤバいかもしれないわよ」
「なっ‥‥何を見つけたんだ?」
 俺が近寄ると美希はある紙切れを取り出した。そこにはいくつか住所が書かれていた。まったく知らない住所だ。ここでもなければ、実家でもない。
「何だ、この住所。知らないぞ」
「どれどれ? ‥‥うむ、確かに知らないな」
 父さんも頷く。美希は立ち上がり、顎に手をやる。
「多分だけど、駅近くのマンションじゃないかしら?」
「マンション‥‥おいおい、マジかよ」
 俺は頭を掻く。隣の父さんに至っては顔面蒼白になっていた。
「嘘だ‥‥嘘だ‥‥。ううっ、美和子ぉ」
「やめい、父さん。恥ずかしい」
 俺は父さんを小突いた。
正直言って、俺はまったく母さんの不倫話なんて信じていなかった。自分の母親が男と恋をするなんて事、普通は想像できない。それは父さんにも言える。子供にとって両親というのはあくまで両親で、男と女ではない。だが、それが崩れていくような気がして、複雑な気持ちになった。いい事なのか悪い事なのか、よく理解できなかった。
 美希はその紙切れの内容を、持ってきたノートに書き込む。
「剛。そのマンションに行ってみましょう。おじさんは待っていてください。これはあくまでも私の仕事なんですから」
「あっ、ああっ‥‥」
 父さんはダラダラと流れる汗を拭い、ゆっくりと答えた。美希の本当に言いたい事は、不倫現場を見る可能性があるから行かないでくれ、という事なのだろう。父さんもそれは分かっていたようだった。
 美希に手を引かれ、俺は家を出た。本当なら、俺だって行きたくはなかった。


 駅前は日曜日という事もあって非常に混んでいた。晴天だし、デートにはうってつけの日だ。本来ならば、俺と美希もここでラブラブデートでもしていた頃だったが、今はそんな場合ではない。
 例のマンションは駅から歩いてすぐの所にあった。かなり高級そうなマンションだ。かるく30階はある。俺と美希は最上階を見上げる。
「高そうなマンションね‥‥」
「ああっ。こんなマンション買える程、裕福じゃないぞ、うちは」
 その通りだ。既に一軒家を一つ持っているうちが更にこんないいマンションなど買えるはずがない。
 と、なると考えられるのは‥‥。背筋に冷たいものが走った。
「剛のお母さん、どっかの社長さんを虜にしたんだわ。それで、おねだりしてこのマンションを買ってもらったのね」
「おい。何勝手に想像してるんだよ」
「ごめんごめん。でも、剛のお母さんが美人なのは確かだし、可能性としてはなくはないわよ」
「ったく。‥‥とにかく、行ってみよう」
 人事だと思って好き勝手言っている。こっちは真剣なんだぞと言いたいが、言ったところでどうにもならないので、やめて足を進めた。
 が、美希がそんな俺の手を掴む。
「行ってみようって言っても、あの紙に書いてあったのはこのマンションの住所だけよ。それ以上は分からないわ」
「じゃあ、どうするんだ?」
「忍耐よ、忍耐。探偵っていうのは耐えてナンボなのよ。待ちましょう」
 そう言って、美希は近くの花壇の影に身を潜めた。俺もそれも続く。
 不安が過ぎっては、また浮かんでくる。まあ、母さんの人生は母さんのものだ。俺がつべこべと言うのはおかしいのかもしれない。でも、俺は3人で食卓を囲んでいるのが楽しい。できる事ならば、またあの日々に会いたい。
 俺は息子だ。そういう事を願ったって、いけなくはないはずだ。
 と、その時、見慣れた女性がマンションから出てきた。それは間違いなく母さんだった。
 その母さんの隣には、見知らぬ男がいた。歳は50くらいだろう。白髪だが痩せていて、精悍な顔つきの男だ。パッと見ると夫婦に見える。
「ねえ、今度はいつ会えるの?」
 俺に見られているとも知らず、母さんは隣の男に訊ねる。
「分からない。妻に言い訳するのが大変でね」
 男は笑顔で母さんに言った。それも、非常に意味深な事をだ。
「‥‥嘘だろ?」
 俺は血の気が引いていくのが分かった。始めた時から嘘だと思っていた。いや、嘘だと信じていた。だが、目の前の真実は全然予想違いだった。
「剛‥‥。落ち着いてね」
 美希が俺の肩に手を置く。だが、そんな事で俺の気持ちが収まるはずが無かった。
 俺は花壇の影から飛び出していた。
「母さん!」
「あら、剛? どしたの? こんなとこで」
 母さんは少しだけ驚いた様子で俺を見た。
「どしたのじゃねえよ! ちゃんと説明してくれ! これは一体どういう事なんだよ! 隣の男は誰なんだよ!」
 矢継ぎ早にまくしたてる俺。何だか許せなかった。本来なら、驚くべき場面なのに、それでも平然している母が。
 が、相変わらず母さんは平然としていた。
「ちょっと落ち着きなさいよ。剛」
「落ち着いてるよ。母さん、不倫してたのか? その男、不倫相手じゃないのか? そりゃ、母さんの人生は母さんの物だからさ、俺が何か言う資格なんて無いのかもしれないけどさ。でもさ、やっぱし嫌だよ、こういうの!」
 言いながら、全然落ち着いてないな、と思った。
 母さんは困ったような顔をして、俺の後ろを見た。美希が立っていた。
「美希ちゃんまで‥‥。本当に一体何なのよ?」
「実はですね‥‥」
 美希が事情を説明した。


次のページへ    前のページへ    ジャンルに戻る